選んだ本のタイトル:『 獣の奏者(けもののそうじゃ)1、2』
著者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版年:2006年11月
よみがなは濁る。「そうじゃ」と読む。人に対してではなく、大いなる存在に向けて音
を奏でるとき、そう発音するのだと祖父から聞いた。この説の真偽は分からない。だが、
きっと正しかったのだろうと本を読んで思う。
この本がいつ手元に来たのか覚えていない。大学時代は管弦楽団にいたから、きっと「奏
者」のことばに惹かれたのだ。そうして読み始め一瞬で、引き込まれた。獣を救うために、
想いを伝えるために、ただただ音を奏でる少女と、その世界観と、怒涛のクライマックス
と、問いの深さと普遍性にである。
著者は、作品の中で1つの問いを持ち続けた。人は自然の中で、どうやって生を営むの
か。この本の主人公で好奇心おう盛な少女エリンはこの問いに挑む。彼女は、初めは生き
物が今の姿をしていることへの興味と疑問から。そして、たくさんの生き物の一員である
人の、生き方やあり方へと問いを深める。
どう生きるかについて、私たちにはたくさんのことばが残されている。問いのヒントを
もし私が好きに選ぶなら、漱石が絶望に沈む芥川へと宛てた「図々しく進み人を押す牛」。
カーソンが沈黙の春を出した後に書いた「大いなる自然に畏敬を表すこころ」。
問いを持って言葉と向き合うとき、私たちが見出そうとするのは「時代を経ても変わら
ない普遍なもの」ではないだろうか。
文化人類学者でもある著者が、物語の中に散りばめた問いはたくさんある。平和と犠牲、
伝統と革新、自然と文明。その挟間にあってどう生きれるのかを著者が応えるとしたら。
ヒントは、生き物を生かしも殺しもする水の一滴である。親が子をいつくしむ心で、人と
獣のあいだの不協和音で、それでも刹那として、人と獣のあいだに生まれる奇跡である。
未知の調べを聴きたくて、命続く限り弦をはじき続ける娘。4ヶ月間作者を突き動かし
たイメージから生まれた本は大いなる普遍へのヒントをまとって児童文学の枠を、こえる。